みなさん、こんにちは。株式会社自主管理経営 吉川ゆみです。
今回よりコラムを担当いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
先日、あるテレビ番組でトヨタが開発するAIアスリートロボットの特集を見ました。
興味深かったのは、その開発がもともと社内の部活動から始まったという点です。
若手エンジニアたちが自ら挑戦し、試行錯誤を重ねる中で生まれた取り組みが、後に正式なプロジェクトへ昇格したということでした。
私はこの番組を見て支援先のある企業(サービス業)のことを思い出しました。
その会社は、次世代リーダーの育成を重要な経営課題としていました。
多くの企業では、将来有望な社員を業績の良い拠点や安定した部署に配置し、失敗しないよう丁寧に育てようとします。
ところが、その会社の社長は逆の発想を持っていました。
若手リーダーの成長のため、あえて競争の激しい地域の店長を任せるのです。
本社の影響力が期待できない土地で、周囲には大手ライバル店がひしめいている。しかも、若手リーダーとパートスタッフ1名という2人体制。決して楽な環境ではありません。
なぜそんな厳しい環境を選ぶのか。
社長はこんな話をしてくださいました。
「私は20代の頃、縁も実績もない土地へ出店したことがありました。そこで一からお客様を開拓し、売上をつくり、経営していく難しさを知りました。結果的にその店は失敗で、撤退しました。でも、そのとき初めて、自分には足りないものがたくさんあったことに気づいたんです。」
さらに続けます。
「そして、その経験を通じて、親である会長や先人たちが築いてくれた基盤を引き継げることのありがたさも知りました。厳しい環境に身を置いたからこそ得られた学びでした。」
だからこそ、次の世代にも同じような経験をしてほしい。
その思いから、あえて厳しい環境に送り出しているのだそうです。
もちろん、実際の現場は簡単ではありません。
成果が出ず、競合に押され、人手も足りない。相談相手も少なく、孤独感にも襲われます。
人によって反応はさまざまでした。愚痴が増える人、自信を失いかける人、歯を食いしばって挑み続ける人もいました。
後から振り返ると、この店舗は新規顧客開拓の拠点であると同時に、次世代リーダーを育てるための「実験農場」でもあったのです。
誤解のないようにお伝えしておきます。この実験農場で実験をしているのは、社長ではなく配属されたリーダー自身です。
しかし、興味深かったのは、そのときの社長の関わり方でした。
その若手リーダーにこう声をかけたそうです。
「もともと正攻法では、成果が上がりにくい環境なんだから、ダメもとで思い切った方法でやってみればいい。」
相談にはいつでも乗るし、困ったときには支える。けれども、安易に答えは与えない。
本人の力を信じて待つ。
若手を育てるのではなく、若手が育つ環境をつくる。
そんな社長の育成方針が伝わってきました。
人材育成に携わる経営者なら、誰もが失敗させたくないと思うものです。そのため、つい先回りして答えを教えたり、リスクの大きい挑戦は止めたりしてしまいます。しかし、それでは本当の成長の機会を奪ってしまうことがあります。
そう考えると、この店舗は単なる営業拠点ではなく『人材育成のための実験農場』だったのだと思います。
この企業は、自主管理経営に15年間取り組む中で、この“実験農場”とも言える店舗の報告書に、挑戦の軌跡を積み重ねてきました。
成績が振るわない時期もありましたが、そのたびに先輩リーダーや役員から励ましや期待の言葉が寄せられます。
離れた場所にいても、報告書を通じた対話が、挑戦を続けるリーダーを支え続けているのです。
冒頭のトヨタのAIアスリートロボットの件もこの企業の取り組みもそうですが、
企業経営において、新規事業や新しい挑戦は「実験」と呼ばれることがあります。
多くの場合、その実験は収益性だけで評価されがちです。
しかし、本当に重要なのは別のところにあるのかもしれません。
その挑戦を通じて誰が育ったのか。
どんな経験が組織に蓄積されたのか。
この会社では、かつて厳しい環境で育ったリーダーたちが、今度は後輩たちを支える側に回っています。
そして、この「挑戦を通じて人を育てる」という考え方は、若手だけに向けられたものではありません。
社長は、新たな実験農場として、役員クラスのリーダーたちに「新規事業」と「社内大学」の立ち上げを任せました。
自主管理経営では、一人ひとりが主体的に考え行動することが求められます。その力は教えられるものではなく、挑戦の中で磨かれるものです。人が育つ会社には、そんな挑戦と成長の循環があります。