見過ごしている、ケタ違いの成長軌道のポイント

平凡な会社をケタ違いの成長軌道に乗せる経営で重要ポイント以下2点について考え方、エッセンスとそれを見出した出来事ともにお伝えします。

26.「10年後20年後の上司への感謝」

そばにいる誰かがきっかけやヒントをくれたら、それも一回ではなく、その人に必要な回数だけ機会や言葉をくれたら「人は変わる可能性は大」。そばにいる誰かとは?


■悪魔のような課長の襲来

新卒入社3年目の私に人生のターニングポイントになるような大きな変化が起きた(今から思うと)。社員数7000人の中で最も悪名の高い課長が私の直属上司として赴任してくることになった。

私の隣の席で先輩たちが不自然な程顔を近づけて話をしている。どうやら営業部門から異動してくるM氏の噂話らしい。高飛車な物言い、自分の上司の部長や担当役員にまでタテをつき、部下には容赦のない言葉と態度で圧力をかける、まさに「鬼・悪魔」のような人物。周囲100メートル圏内の人たち全てに嫌われていると先輩たちの話はどんどんエスカレートしていった。

 

そんな課長の赴任初日の態度は実に太々しかった。朝礼前のラジオ体操をしている最中に食堂で買った紙コップのコーヒーを片手に現れ、体操しているみんなの中を悠々と歩いた。課長席に着くと足を組んで座り、コーヒーを一口飲んで見渡し周囲の約60人の視線をたった一人で押し返した。

 

お昼休みを挟んでも重苦しく張り詰めた空気は緩くも軽くもなっていない。その中で小動物のように存在を消していた私が悪魔の最初の餌食になった。直属上司の主任から依頼されて、資料の作成をしている私の後ろから「羽鳥ちゃん、何作っているの?」と声をかけられた。

営業畑の人は男性の部下にもちゃん付で呼ぶのかと驚きつつ「主任から頼まれた資料を作っています」と答える。続いて「それ何のために作っているの、いつどう役立の?」と質問され「そこまで知りません」と言うと「そんならやめてしまえ」とガツンと言われた。

助け舟を求めて主任の顔を見るとワープロに目を落としたままこちらを見てくれず、援護射撃のないまま悪魔の攻撃は私の机の引き出しの中に向けられた。「そのファイルの中にはどんな資料が入っているの?どんな時に使うの?」と聞かれ、曖昧な答えしかできないとファイルは机の上に引き出されて、カチンとリングを開かれ、中身はごみ箱に捨てられた。もしもの時の為にとっておいた資料だと言い訳した私に「もしもの時はいつだ、半年先か一年先か」と詰め寄られ、結局5冊のファイルが空になった。

 

翌日の朝礼で課員全員が悪魔に呪いをかけられた。「一週間に一冊本を読め。無作為で指名するから感想を言え、言えない奴はボーナスなしだ」。言われっぱなしの先輩たちにたまりかねた私が「社会人なのに本を読まなければならないのですか。勉強しくちゃいけないのですか、ここは会社で学校じゃありません」と震える声で渾身の一言を放った。しかし、その後の10倍返しに私の自尊心はズタズタに引き裂かれることになる。「社会人になったら本を読まなくていい、勉強しなくていいと誰が言った。お前の知能は大学受験がピークでそこから落ちっぱなしだろう。このままだと20年後はクズだな」と私の呼び方が、羽鳥ちゃんからお前に変わって尚も罵倒が続いた。

「そもそもお前は何がしたくてこの会社を選んだんだ。ワクワク・ドキドキするような夢とか目標はあるのか。どうしてお前のような奴がうちの会社に入れたんだ。コネかまぐれか、間違いか、うちの会社もずいぶんレベルが落ちたものだ」と激しさが加速した。

 

■10年後の感謝

あの時よく辞めると言わなかったなあと二十代後半の自分を褒めてあげたいところだが、今改めて思い返すと両親の愛情にも似た悪魔課長の想いの強さ・真剣さに感謝の念さえ感じてしまう。そう思えるまでに10年かかってしまった。

 

転職して10数人の中小企業に入社した私は3年後には飛び級みたいに部長になっていた。国家資格を持っていたこととお客様の反応が直接見える仕事にやりがいを感じて、嬉々として仕事をしていたから抜擢されたのだ。部長と言ってもプレイングマネージャーなのでプレイヤーのウエイトが80%、残りの20%に大苦戦した。部下との接し方が分からないし、何を考えているのか分からない、一生懸命教えてもその通りにしてくれない。面倒臭くなってプレイヤーの80%に逃げて部下との関りを持たなくなった。実務が忙しくて余裕がないと正当化できるよう担当業務に没頭した。

 

ある時、なぜかふと悪魔課長が上司だった2年間の日々を思い出した。怒鳴られ、コケ落とされながらも、転職時の職歴書に書けた仕事はその2年間での実績だった。

今の自分の多くを創って貰ったのだと胸が熱くなった。育てられた、でも感謝の言葉も今は言えない。どうすればいいのか、育てられる側から育てる側になる。

 

悪魔課長は憎まれて、陰口をたたかれても人育てには手抜きをしない。感謝の言葉など見返りは一切求めないし眼中にない。管理職になった同じ立場から見れば「カッコいい」私もそんな上司なろうと思った。もちろん時代の違いを踏まえなければならないことは言うまでもない。

さらに20数年たった現在、小さい会社で十人足らずの社員ではあるけれど、10年先20年先の感謝に微かな期待を隠しつつ、人育てに熱心な経営者を実践している。

 

 

■社長の大きな役割

社会人は勉強しなくていい、仕事をしているのだから本を読まなくていいとは誰も言っていない。仕事と勉強は両極的な位置づけにあり、対義語だという解釈は自分の都合よい決めつけである。しかしそう思っている中小企業の社員は少なくない。

 

将来の夢とか希望にドキドキ、ワクワクしていたのは小学校卒業あたりがピークで、それ以降はどんどん萎んで、社会人になった頃には目先の現実しか見えず遠い夢・希望が描けなくなってしまう。自分の内側から湧き出るような想いはどこに行ったのか、そんな自分が存在していたのかさえ疑問に思えてくる。

 

寂しい話だ。寂しいから夢中になれることはないかと何かを探す。趣味やゲームを楽しみ、或いはスポーツで汗を流し「ああ、楽しかった。元気が出てきた」。そしてなぜか「これで明日も会社に行ける」とほっとする。

仕事以外の楽しみで癒され元気をもらい、翌日からの五日間の仕事をなんとか乗り切る。ゼンマイ仕掛けの様な日々を重ねながら一年・五年・十年が消化されていく。

仕事は生活を維持し、楽しいことの為の代償、我慢の時間。さぼりはしないが大変な思いはしたくない。言われたことを無難にこなし、叱られるようなヘマはしない。

会社の社員がこの先何年も何十年もこんな状態で仕事をしていたらどうか。

当然、差別化や競争優位などとは無縁の経営体、活気がなく乾ききった砂上の楼閣になってしまう。

 

仕事は一つ一つに目的も意味もある。働くということはお金を稼ぐ以上の何かがあって、自分のした仕事が直接あるいは取引先の製品の一部になって、その先の誰かの役に立っている。幸せに貢献している、笑顔をつくっている、命を救っていると思いをはせる。その方が楽しい、充実感もある、一日が早い、週明けでも会社に行くのが嫌でなくなるはずだ。

 

私は本当にダメ社員だったので実体験として言える。そばにいる誰かがきっかけやヒントをくれたら、それも一回ではなく、その人に必要な回数だけ機会や言葉をくれたら「人は変わる可能性は大」であると。最も重要なそばにいる誰かとは・・・・

やっぱり社長しかいない。