波乱万丈、いろいろな困難を乗り越えてこられたのはこの仕事が「好き」だからとしか言いようがない。
先日、山形県内の農業法人を会員とする農業経営研究会からの依頼を受け講演してきました。
福島駅までは新幹線専用の線路ですがそこから終点の新庄までは在来線の線路を新幹線が走ります。ゆっくり走る新幹線の車窓は雪景色ばかりでした。
私の講演が始まる前に農業経営研究会の会長さんが私の紹介も兼ねて挨拶をされました。その時の最初の言葉が今回のタイトル「脱皮できないヘビは死ぬ」だったのです。
会長さんの話は「トランプ大統領就任後の予測困難な経営環境の変化に対して積極果敢そして柔軟に乗り越えていこう。今までそうして来たし、これからもそうしていくしかない」という言葉で締めくくられました。迫力溢れるお話で講師の私も感動して自分の出番を忘れるほどでした。
講演後の懇親会で数名の方から現在にいたる波乱万丈な農業経営の話をお聴きしました。
■農地30ヘクタールの米・そば・カモの飼育の経営者の話
家が貧しくて大学へは行けなかった。長男だけど農業を継ぐのが嫌で東京に出て、カーメーカーの工場で働いた。4WDのピックアップトラックの荷台部分のボルトを留める作業をした。一日中同じ作業をしたが「つまらなくて、つまらなくて」5分おきに時計を見た。この時計壊れているのかと思うくらい時間の進みが遅かった。
それでも2年我慢してその後大型特殊免許を取ってタンクローリーの運転手をした。難しくて危険な仕事で給料が良かったけれど「俺には向いていない」と感じ、実家に戻り、親に頭を下げて農家を継いだ。
周りは米をやめて花をやったりキノコを始めたりした中で自分は器用ではないから米に専念した。天候や国の政策に振り回されて大変だったけれど最近ようやく安定してきた。畑の一部でそばをつくってみたら、数年かかって良いそばができるようになった。そば屋に卸しているうちに自分でそば屋を始めたくなって駅前に出店した。店の人気メニューが「かも南蛮」だったのでカモの飼育も始めた。趣味と実益を兼ねているが新規事業には変わりない。
今までほんとに大変だったけれど「米を食べない人はいなくならない」と腹を決めてやっている。最近ホームページを作って産地直送も始めたがお客さんの声が聞けるのはいいね。メールで「美味しい」と言われるのが一番うれしい、励みになる。
■社員数30人花農家の経営者の話
これから米は減反政策で作っても売れないと言われ、コメ不足になれば作れと言われ振り回されてきた。高度経済成長期を経て日本も豊かになった。豊かになれば欧米並みの「花のある生活」になる、それを見越して花をつくろうと思って親に言ったら、親だけでなく親戚中から反対された。
家を出て長野で花の栽培をして成功した。その実績を引っさげて実家に戻り、親と親戚を説き伏せて栽培を始めたら上手くいかなかった。悪戦苦闘、一つの壁を乗り切ったと思うとまた違う壁が表れる。主な市場はブライダル業界で同じ品種の人気が長く続づくわけではなく、流行り廃りが激しい。
どの品種を栽培するか、選んだ品種をどう育てるか、試行錯誤しながら全国の出荷量一位を二度とった。コロナの時は需要が激減し、ハウスががら空きになったのでトマトを栽培したらほぼ全滅した。なかなか上手くいかないものだと痛感した。
以上、今回は農業経営者お二人の話を紹介しましたが、他にも米からキノコ、米から鶏(米を主食にして育てている)へと業種・業態転換を図っている方など様々でした。東北なので農地の規模は関東圏の10倍20倍とケタ違いでした。
どの方のお話もため息が出る程過酷でした。「よく乗り越えましたね」と言うと、やっぱり俺たち農業が「好き」だからと明るく応えてくれました。
ただ、俺たちは「好き」だからいいけれど社員もそうだとは限らない。社員もこの仕事を「好き」だと言ってもらえるようにしていかなければならないと力強く頷かれていました。
「好き」だから乗り越えられる、社員にも「好き」だと言ってもらわなければならない。この言葉はどんな会社でも言えることだと思いました。